ブラック・アメリカの現状〜M君からのメッセージ


6月の初め、長野県にお住まいのEさんからお手紙をいただいた。
おすすめのアメリカ映画や、
ジャニス・ジョップリンをモチーフにした
映画「Rose/ローズ」(1979年)に関する熱のこもったコメントが書かれており、
いつもながら楽しく拝読する。
 
他にもう一枚、雑誌をコピーしたものが同封されていた。
開いてみると、
キング牧師とハリー・ベラフォンテが同席して
インタビューに答えている写真が目に飛び込んでくる。
見出しがついていた。
記事の内容は以下の通りである。
 
「1960年代から70年代にかけて、アフリカ系アメリカ人たちが
市民権の確立と人種差別の解消を求めて活動した公民権運動。
その活動を取材したテープがスウェーデンのTV局の倉庫で発見され、
ヨーラン・ヒューゴ・オルソン監督がそれを年代順に編集し、
現代のアメリカで活躍する様々な分野のアフリカ系アメリカ人に
コメントを求めて作り上げたドキュメンタリー。
キング牧師やマルコムX、ストークリー・カーマイケルら
多くの活動家が登場する。
 
<原題『ブラックパワー・ミックステープ 1967年から1975年』
2011年度作品。一時間三十二分。スウェーデン=米映画。
4月28日公開。キュリオスコープ配給>」
 
私はこの映画の存在をEさんが下さった切り抜きのコピーで初めて知り、
早速ネットで詳細を調べたら、
関東で上映されている映画館は新宿の”K’s cinema”のみ、
それも6月8日で公開が終了してしまうことがわかったので、
急遽時間を作って映画を観に行った。
 
「ブラックパワー」とは、1960年代から1970年代にかけて
アフリカ系アメリカ人の急進的な活動家が、
黒人を結集させるために唱えたスローガンのことである。
  
アーカイブ映像にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアやマルコムX、
ストークリー・カーマイケル、ヒューイ・P・ニュートンやボビー・シール
アンジェラ・デイヴィス、ハリー・ベラフォンテらが出演していた。
 
上記の出演者について簡単に説明する。
 

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
は非暴力を説きながら
公民権運動を推進した偉大な指導者だったが、1968年に39歳で暗殺される。
 
マルコムXは刑務所内でブラック・ムスリム運動に触れてイスラム教に改宗し、
寝る間も惜しんで勉学に励んだ結果、出所後は豊富な知識と知的な言動で
公民権運動や黒人解放運動の指導者となる。
しかし、その手段は暴力的だった。1965年、39歳で暗殺される。
 
ストークリー・カーマイケルは1960年から人種差別解消を求める学生運動を展開。
1964年に公民権法が施行された後も根強い黒人差別があったため、
その2年後に学生非暴力調整委員会の議長となって「ブラック・パワー」を提唱する。
ウィットに富んだ論理的な演説で大勢の支持を集めたが数年後にギニアに移住。
1998年に57歳で病死した。
 
ヒューイ・P・ニュートンボビー・シール
ゲットーの貧しい黒人たちを暴力的な警官から守るために
1967年にブラック・パンサー党という政治組織を作り、
共産主義と民族主義を掲げて戦闘的手段による黒人解放闘争を行った。
しかし、度重なる警察の圧力によって1970年代半ばにはほぼ解散。
ヒューイ・P・ニュートンは1989年に47歳で殺害される。
 
アンジェラ・デイヴィスは、
共産党とブラック・パンサー党にかかわり、
指導的な立場にあったという理由だけで
25歳の時(1969年)に、
当時カリフォルニア州の知事だったロナルド・レーガンの圧力によって、
カリフォルニア大学哲学科助教授の職を解雇された。
翌年白人判事が殺害された事件でアンジェラに疑惑がかかり、
不法な逮捕を免れるために逃亡したが、2か月後に逮捕される。
しかし1972年の裁判で無罪を勝ち取り、ブラックパワー・ムーヴメントを牽引した。
 
ハリー・ベラフォンテはミュージシャン、俳優としても名声を得たが、
黒人の地位向上のために公民権運動にも積極的に関わった。
また、社会活動家として「USA フォー・アフリカ」を提唱。
その結果、1985年1月に総勢45人のスターが集まって
『ウィ・アー・ザ・ワールド』を歌い、印税は全てチャリティとして寄付された。
 

これらの活動家の他に都市部に住む黒人たちもスウェーデンの記者から
インタビューを受けており、
麻薬中毒で病院に運ばれてくる黒人の若者は
そのほとんどが15歳前後という驚愕な事実も明かされる。
あどけない顔をした14歳くらいの少女もインタビューに応じており、
「ドラッグ欲しさに売春をしていたが、もう二度とそんなことはしたくない」
と悲しげな表情で話していた。
 
ブラック・パンサー党のメンバーたちが恵まれない子どもたちに
食事を用意している場面も収録されており、
「古き良きアメリカ」と言われた時代、
相変わらず貧しい人々は社会の隅に追いやられ、
日本では考えられないような劣悪な環境の中で子どもが育っていたことを
目の当たりにし、いたたまれない気持ちになる。
 
それでもこの時期、アメリカでは「ブラックパワー」が意気揚々と叫ばれ、
若者の間でも自尊心が芽生えて、勇敢な黒人指導者が次々と輩出されたが、
80年代になるとこうしたムーヴメントも影をひそめ、
黒人の間でも貧富の差が拡大して
ゲットーの住人をとりまく環境は悪化の一途をたどっていく。
 
「ブラックパワー・ミックステープ」を観ているうちに、
私はある作品を思い出した。
それは2007年に購入したDVD
 
数日後、私は5年ぶりに「レター・トゥ・ザ・プレジデント」を取り出して観た。
この作品は2004年に制作された長編ドキュメンタリーで、
ナレーターはラッパーのスヌープ・ドッグ。
1980年代から現在に至るまでのアメリカの裏事情について、
著名なヒップホップ活動家やレコーディング・アーティスト、
有識者、プロデューサー、元ドラッグ・ディーラー、
刑務所に収監されている活動家、ジャーナリストなどが出演して
真実を余すところなく語ったものである。
 
「レター・トゥ・ザ・プレジデント」の方が
「ブラックパワ−・ミックステープ」よりも前に制作されているが、
内容的にはその続編にあたると言っていいだろう。
ちなみにこの作品を手がけた“QD3エンターテイメント”は
クインシー・ディライト・ジョーンズ三世によって設立された。
彼のことを略して”QD3”という。
父親はアメリカ・ポピュラー・ミュージック界の大御所、
クインシー・ディライト・ジョーンズ二世で、
母親はスウェーデン出身のモデルである。
 
私が初めて「レター・トゥ・ザ・プレジデント」を観た時、
あまりにもショッキングな内容に
それらを事実として鵜呑みにしてよいのかためらった。
しかし今回改めて観たら、出演者が訴えていることは真実で、
これがアメリカの現実なんだと確信する。
 
ヒップホップはアメリカの惨状を伝えるために生まれた
音楽だということを、私はようやく理解することができたのだ。
ストリートで暮らす黒人たちは、
真実を伝えるためにラップという手段をとったのである。
苦悩から生まれた音楽という意味において
ヒップホップはブルースに通じるものがあるが、その精神は全く違う。
権力に対する抑えきれない怒りや反抗心がそこに込められていたのである。
 
アメリカでは罪の裁かれ方が黒人と白人では違う。
そのため刑務所にいる黒人の数は必然的に多くなる。
これはこの作品で語られた「真実」のほんの一部なのだが、
驚くべきことに、このドキュメンタリーに出演していたほとんどの人物が
保身のために権力に迎合するような発言はせず、
自らの言葉で堂々と真実を語っていた。
QD3やトーマス・ギブソン(プロデューサー)の
「真実を公に知らしめたい」という強い意思が
このドキュメンタリー制作につながったことは言うまでもない。
権力を恐れず、真実を明らかにすることが人間の魂にとってどれだけ大切なことか。
真っ直ぐ前を見て話す彼らの勇気に私は心から感動した。
 
そして、はたと気づいたのである。
「もしかしてM君が5年前に私に送ってくれたメッセージは
私を含めたみんなに対するメッセージではなかったのか・・・」と。
 
M君とは、私の友人J君のいとこで、
以前サイトでご紹介した『Around The Sun』の作者の一人だ。
この曲に対する感想を、当時私がホームページ上で書いたら
それを読んだJ君がそっくりそのままM君に送ってくれたのだ。
そうしたらすぐにM君は私宛にメッセージを書いてくれた。
あの時、私はM君の声だけを頼りに、
ゲットーに思いを馳せながら曲の感想を書いた。
それを真摯に受け止めてくれたM君。
 
それに対して私が返事を書き、J君に託したら
すぐにJ君を通してM君から最後のメッセージが届いた。
そこにはM君が選曲したおすすめのラップが
何曲かリストアップされており、感謝の気持ちも綴られていた。
そのうちの1曲がNas/ナズの『I Can』だった。
M君の誠実さとJ君がくれた友情は今でもずっと私の心の中にある。
 
M君の言葉が皆さんの心に届くことを願って、
彼が書いたメッセージと訳文を公開したい。



Dear Ms. Yamaguchi,

Thank you for listening
 to our song.  I'm glad you enjoyed it! 
I was suprised at first to know someone so far away was listening to our music,
but it makes me happy. 

You know, not to many people know what the ghetto is like.
So I always hoped I could tell people with my music. 
But usually only people who live in my hood can hear what i want to say.
But they already know what goes on here. 
So I'm always happy when someone
who doesn't live around here can hear about it.

 

山口さんへ
 
僕たちの歌を聴いてくれてありがとう。
楽しんでくれたみたいで嬉しいよ!
遠く離れた場所で僕たちの音楽を聴いてくれた人がいたなんて
初めて知った時は驚いたんだ。でも、嬉しかったな。
ゲットーがどんなところか知っている人なんてそんなにいないからね。
だから僕は音楽でみんなに伝えようといつも思ってるんだ。
でも、僕の意見に耳を傾ける人なんてまわりにほとんどいないのが現状。
みんなはここでどんなことが起きているのか知ってるのに。
だからゲットーに住んでない人が聞いてくれて本当に嬉しいよ。
 

It's good to know Japan doesn't have to deal with gun problems like we have to. 
Most people I know have guns here.  Even people who hate guns have them. 
Because even if you hate guns, you still need to protect yourself, right? 
I have a gun for the same reason.  It's hard here. 
We always have to worry about someone trying to rob us, kills us...you know.
I don't think these people are "bad" people. 
But they're desperate.  All humans want to survive. 
When you don't have food, money...you may think of bad ways to get it. 
That's what the ghetto is. 
Desperate people fighting each other for food, money, survival.

 

日本には我々が抱えてる銃に関する問題がなくてよかった。
ここではたくさんの人が銃を持っている。
銃を嫌ってる人でさえ。
銃が嫌いでも自分を守るためにそれが必要だからね。
だから僕も銃を持ってるんだ。ここは大変だよ。
僕たちはいつも誰かに強盗されるんじゃないかとか
殺されるんじゃないかって心配しながら生きてるんだ。
そのようなことをする人達が「悪い」人たちだとは思わないけどね。 
彼らはやけくそになってるんだ。人間は生きたいという欲求を持ってるし。
食べ物やお金がないから盗みをするなんて
それは間違ったやり方だと思うかもしれない。
でもそれがゲットーなんだ。
自暴自棄になった人たちが食べ物やお金、生き残りをかけて互いに争ってる。

  
It's hard for people to leave here. 
People who don't live in ghettos
always say "just do well in school"or things like that. 
But they don't understand...our schools are very bad. 
Rich schools and poor schools are different. 
The best teachers go to the rich schools, sometimes we don't have books. 
We don't have new things like computers and stuff like that. 
Then...it's hard to concentrate on school and everything when you're hungry
because you don't have enough money for food. 
With our schools, we don't have the same oppurtunities
as the people in better neighborhoods. 
Some of us won't be prepared to enter college. 
And even if we are, we might not have the money.


 
ここから出て行くなんて夢みたいな話さ。
ゲットーに住んでない人はいつも
”学校で一生懸命頑張りなさい”みたいなことを言うけど
みんなわかってないよ。
僕たちの学校はとっても酷いところなんだ。
金持ちが行く学校と貧しい人が行く学校は全然違うんだよ。
いい先生たちは金持ちの学校に行っちゃうし、
こっちでは教科書だってない時があるんだ。
コンピューターみたいな新しいものもない。
それに食べ物を買うお金がないと、お腹が空いて
学校の勉強とかいろんなことに集中するのは難しいよね。
僕たちの学校は、恵まれた地域に住む人達と同じような
機会を与えてもらえないんだ。
だから大学に入るために準備をする人なんてあまりいないよ。
入る準備をしたところでお金がないからね。

 
Why are the ghettos like this? 
Poor areas are poor because each area of the U.S. is responsible
for their own neighborhoods. 
Neighborhoods get money from taxes. 
But the problem is, if the people are poor,
they can't give too much money in taxes, you know. 
So there isn't enough money to make the neighborhood better. 
We get very little money from the government. 
Richer neighborhoods can pay higher taxes,
so they can keep their neighborhood nice. 
Poor gets poorer, richer gets richer.

 
何でゲットーってこうなんだろう?
貧しい地域は貧しいままなんだ。
なぜならアメリカのそれぞれの地区は、
そこに住んでる人たちが責任を負うことになっているから。 
地区ごとに税金からお金がもらえる。
でも問題なのは、住人が貧しいとたくさん税金が払えない。
だからその地区を良くするための十分なお金が国からもらえないんだ。
僕たちは政府からほんの少ししかお金をもらっていない。
お金持ちの地区は高額な税金を払えるから、その地区はいつもきれいなんだ。
貧しい人たちはどんどん貧しくなり、金持ちはますます裕福になる。


I hope you understood what I've said. If not, I'm sure Jason can help you. 

Once again, I'm glad you enjoyed our music! 
I'll be sure to send you more songs in the future.

Keep it real,

Mark


僕が話してきたことを君に理解してもらえるといいな。
もしそうじゃなくても、ジェイソンが君の助けになってくれると信じてる。
もう一度言うよ。君が僕たちの音楽を楽しんでくれて嬉しいよ!
そのうちもっと曲を送るからね。 

それじゃあまた、              
 
マーク
  
       
                                         訳:Kaori 
 
 
<2012.7.27> 
 
 








「ブラックパワー・ミックステープ」
















マーティン・ルーサー・キング・ジュニア





















マルコムX




















ストークリー・カーマイケル





















左がボビー・シール
右がヒューイ・P・ニュートン





















アンジェラ・デイヴィス



















ハリー・ベラフォンテ


















「レター・トゥ・ザ・プレジデント/大統領への手紙」